“フィールドフォーク”…自分の生まれ育った場所を歌い続ける

浜辺のフォークシンガーです
― 自己紹介をお願いします。
“浜辺のフォークシンガー”と言っています。70年代はフォークソングブームだったのでギターを持って歌っていたんですが、その後は色々とバンドもやったしブルースとかラテンとかそういうマイノリティーな音楽が好きでした。オリジナルをやっていたんですけどブルースのカバーでもなく四畳半フォークみたいなちょっと暗い感じでもなく、何て言ったらいいのかな?と思っていたら“フィールドフォーク”と言う言葉がしっくりきたので、地元の音楽と言うか、自分が生まれ育った場所の事を歌っていくのがいいかなと思い、それ以来“浜辺のフォークシンガー”と名乗っています。フォークのカテゴリっていう感じだけでもないんですけどそういう風に言っていますね。
―ハワイアン的な音楽もやっていらっしゃいますよね?

あー、それは15年位前に私の『ZaZaZa』というオリジナル曲にハワイアンの踊りを付けて下さった先生がいて、夏のデパートの屋上的ハワイアンはあんまり好きじゃなかったんだけど(笑)それ以来、湘南オリジナルのフラって事でやっていたりもしますが、“浜辺のフォークシンガー”とはまた違う活動として分けてやっています。ハワイアンのカヴァーも殆どやっていませんし、メロディーラインも真似しないようにしています。ただ、ハワイアンにも素敵なアーティストさんが沢山いて友達も増えたし、ハワイのアーティストとも交流が増えて楽しいですよ。湘南は海もあるから、地引網や海草の事を歌っているのもハワイの音楽から影響されたところかなと思いますね。メロディーとか形式とかの真似はしたくないんですけど、生活感から生まれてくる音楽という部分ではリスペクトしています。あと、自分達の音を作る時に、スラッギーとかウクレレを使ってみようかなって思ったのはありますね。ハワイアンでも好きな音楽…例えば『ギャヴィパヒヌイ』とか『イズラエル』を聴いていた時期はあったんですが、ハワイの音楽を真似るとかハワイアンミュージシャンになりたいとは思った事はないですね。
― テミヤンさんは湘南サウンドの創始者的なイメージがあるのですが・・・
いや、それは違うと思います。フィールドフォークと思って以来、地元の事を長く歌っているので、サーファーの友達とかもいるし長く活動しているといなくなっちゃった人、故郷に帰っちゃった人、亡くなっちゃった人とか沢山いるじゃないですか、そういう事を長く歌っていたいという思いはあります。それにハワイや沖縄の音楽にはルーツミュージックがあると思うんですが、“湘南サウンド”ってネーミングはなんだか軽い感じがして嫌いだったんです。だからそれだけを根っこにして歌っていく訳にもいかないしね。そう思うと“湘南サウンド”って、今出来かけている途中の音楽なんじゃないかって思っています。色んな音楽が出てきていて“湘南サウンド”とか“湘南ミュージック”って言われていますよね、ブレッド&バターは僕の先輩なんですが、僕らの年代では“湘南”って言葉を自分達で言わないのがポリシーみたいな自分で言っちゃうと格好悪いとか…、今は誰も思っていないと思うけど当時はそういう雰囲気があったと思います。でも、ちょうど5年位前『湘南スタイル』(エイ出版社)という雑誌に「湘南サウンドってなんだろう」って記事を書いた時に色々調べて検証してみたんです。ワイルドワンズとか桑田佳祐さんの知り合いの方とか、南佳孝さんやブレッド&バターを特集したんだけど、結局は沖縄みたいに音階に特徴がある訳でもないし、ハワイにもそういうものがあってルーツには神様に繋がっている生活感とかあるけど、そういったものが湘南には無いんです。でも、誰に聞いても“湘南サウンド”は「ある」と言うんです。だから、イメージ的な感覚が全てなんだけどセンスやこだわりの深度がとてもある気がしました。僕らはまだちょっと反発しているところがあるんだけど、今は“湘南”って冠をつけたバンドもあるし雑誌や本もあるから、マイノリティー的な意味のある“湘南”からライフスタイルに合った“湘南”が出てきて、昔で言うのんびりした“湘南”はもう終わっているかもしれないですよね。この前久しぶりに千葉の房総に行ってきたんだけど、今の湘南ではあまり感じない昔の湘南を思い出すような感じがしました。

自分の持っている音楽で
― そんなに湘南は変わってしまいましたか?
そうですね、昔はとびきり大きな家に大きなプールがあって、それを覗きに行ってそこの家の子と友達になってそこでパーティーをしたりそこに松林があったり、そういうギャップに湘南らしさがあったと思うんだけど、今ではそれが全部切り売りされてしまって小さい家になって、こじんまりした湘南になっちゃったのかな、とは思いますね。
― カルチャーや音楽的な部分ではいかがですか?
僕らの頃の湘南に集っていた奴等は、豪華ではないけどすごく格好良くてちょっとダサい格好をしているとすぐ突っ込まれちゃうような雰囲気がありましたね。その前の湘南サウンドっていったら、もっとアイビーな感じで、ヨットやってて少しブルジョアチックな感じがまた憧れだったんだけど、その先は太陽族とか不良的な感じでした。僕らの頃は、サーファーとかヒッピームーブメントの香りがする時代だったんです。その象徴がブレッド&バターがやっていた「カフェ・ブレッド&バター」っていうお店だったんですよね。(※1970年代に茅ヶ崎にあった伝説のカフェ。テレビドラマ『サンシャイン デイズ』(2007年・テレビ神奈川・喜多一郎監督)や映画『劇場版サンシャイン デイズ』(2008年・日本・喜多一郎監督)の原案になった。ブレッド&バターやその仲間が経営しておりテミヤン氏もコックとしてアルバイトしていた。)湘南の片田舎のちっちゃい店なんだけど、ユーミンやかまやつさんが来ていたから青山辺りの色んなお店をやっている人が来たんです。そういう人達と触れ合ったりすれば東京に行かなくても十分だったし、彼らは彼らで湘南に憧れているところがありましたね。それもパシフィックホテル(※1965年~1988年迄茅ヶ崎で営業していたリゾートホテル)があったからだと思うんですけどね、短い時間だったんですけど、そういう場所で過ごしたとても濃い時間が僕のボトムになっていると思うんです。
沖縄だったら伝統的な音楽に親しんだり、逆に反発したりとか、今に至るまでに長い過程があると思うんですよ。それはハワイにもあると思うし。でも湘南はまだ作っている途中って言うかHip-Hopもあれば湘南らしいレゲエもあるし、ただ何となく皆が「海」っていう共通項で繋がっているそんな気がしますね。自分にとっては東京と湘南の距離感っていうのも良かったんじゃないかと思いますね。東京コンプレックスみたいなのがなくて、東京の人にでも「来ちゃえば良いじゃん!」って平気で言えるし、そういう環境にあった事が今の自分を創っている気がします。昔は色んな事に負けまいとしていた時期があったんだけど「敵うんじゃない」って思った時に、自分の強みとしてたまたま湘南に産まれて、たまたま海の近くに住んでいるというバックボーンがあるから、地元の花や海、そこに住む人達の事を歌おうと思えば地に足がつく、そういう歌を唄うのが自然で当たり前なんですよね。だから“湘南”とか“湘南サウンド”と言う前に、自分の持っている音楽という事で“フィールドフォーク”という言葉を使っているんです。

紅白を狙います!
― なるほど。次に最近の活動についてお伺いしたいのですが。
最近はですねぇ…シングルが出ます(笑)。今までは、説教くさい事を言うのは嫌いで、あまり直接的なメッセージは避けてきたんだけれど、何年か前50歳を過ぎたから、生きていくっていう事を自分の言葉で歌っていきたい…そして、いろいろな人の、生の言葉をとりいれ事を始めてみたんです。今回の『Smile』は文化放送の「竹内靖夫の電リク・ハローパーティー」(2005年10月3日~2009年7月17日放送)に寄せられたリスナーの言葉で作ったアルバムから生まれたんです。昔よりは人の痛みとかを感じる幅は広がっているじゃない、だからズレないでそういう人達の体験を自分に投影しながら作るという作業も出来るんじゃないか。そう思うと自分の言葉とかオリジナルや個性とかだけに固執しないでそういうところに耳を傾けながら音楽を作っていく作業を心がけてやってみました。
今迄は自分や自分の身近な人の出来事を忠実に歌にしていく作業がメインだったし、それがフィールドフォークや浜辺のフォークシンガーと言う部分だったんだけど、ある時、色んな出会いの中でとある女性が離婚したけど子供に救われたという歌を作る事になって、その彼女と話していたら、その言葉が凄くリアルでとても自分では使わないような言葉が沢山入っていたんです。“人生”とか“青春”って言葉は嫌いで使ってなかったんだけど、その人が使うそういう言葉はリアルな意味で使っているからそのまま使ってみようと…、それは自分の壁を崩せるきっかけにもなるし、色んな人の会話って自分のそういう括りを外していく作業で人生を素直に唄っていく事だなって考えているんですよ。
― 横浜人形の家(※山下町にある世界140ヶ国、約13000体の人形が展示されている博物館)でよくライブをされているそうですが、これはどうして?
あれはですね、おもちゃの博物館・館長の北原照久さんが僕のベスト盤(『Best of Temiyan』)を選曲してくれた繋がりで、人形の家でライブをやる事になったのが最初でそれ以降、定期的にライブをやっています。北原さんは僕の歌をとても気に入って下さっていて、それこそ廃盤になっているような曲も集めて、それでベスト盤を作ってくれたんですよ。ラジオ番組で僕の曲をかけてくれているのは知人を通して知っていて、後にご紹介頂いたんです。
― 先程お話にあった2月発売のCDについて少し聞かせて頂けますか?
今話した北原さんと文化放送の竹内さんが中心になって作ってくれたベスト盤からのシングルカットになります。さっきもお話した『Smile』と『生きていくこと』と『テミヤンの子守唄』の3曲が収録されているマキシシングルですね。最近ライブで歌っている曲なんですけど、皆で歌えるような感じの曲です。自分から言うのは恥ずかしいんですけど、北原さんと竹内さんがこのシングルで“テミヤンを紅白に出す”っていう会を作ったんですよ。酒のつまみみたいな感じですが、みんな本気なんですよ(笑)。

顧問がいるバンド?!
― バンド活動も色々となさっていらっしゃいますよね?
ブレッド&バターの岩沢二弓さんと一緒にHERBORSっていうのをやっていますし、先輩たちと組んでやっている湘南スタイルバンド(※Half Moon、岩沢二弓、テミヤンという湘南を代表する大御所アーティストが組んだユニット)とかがありますけど、唯一そこでは年下(笑)なので、どこ行っても一番年下なんですよ。
― 湘南スタイルバンドはとっても格好いいですよね!
湘南スタイルバンド練習で集っても練習開始する迄に凄く時間がかかる!3時間喋って1時間練習とか(笑)。仕事は年に4~5回位しかやってないですね。(記者「お忙しいからなかなか集まれないのでは?」)いや、忘れちゃう…(笑)「そういえばそろそろやらない?」って話になってから数ヶ月経っちゃう感じなんだよね。ブレッド&バターのお兄さん(岩沢幸矢氏)は顧問と言う立場で、来ても来なくてもいいって事になっているんですよ。顧問がいるバンドってなかなか無いよ(笑)
― 今日はお一人でライブとの事ですが・・・
そうなんですよ、今日ははっととのライブなんだけど、一人で弾き語りって凄く久しぶりで…。この15年位、いつもサポートと二人でやっているから、一人でやるのは久しぶり。
― 今日一緒にライブをされるはっとさんにも楽曲提供されていらっしゃるとか。
『子供たちへ』って曲です。最初、はっとって顔は似てないんだけど河島英五みたいに何となくポップで歌謡チックな曲で売れてみるのもいいんじゃないかな?って思ったりして、自分にではなく人にならポップな曲も作れるかなと思ったんです。結局作らなかったんだけど、ある時、はっとと子供が一緒に遊んでいる写真があって「これいいな」って思って、結局最初の意図とは関係なしに作ってみました。俺も子供に対する想いはあったんだけど、自分の子供は随分大きくなっちゃって「もう勝手にしろ」って感じになっていたから、「これはちょうどいい!」って作ったんですよね。
― 今、注目している湘南のアーティストや音楽は?
そうだね、この雑誌(F2AVol.22を手にして)に載っている、佐藤嘉風くんとかはっととかはとても近い場所で活動していて、後輩と言うよりは一緒にやっている仲間だと思っているけど…。いや、彼らはおじさんと思っているかもしれないな…だけど、僕は仲間だと思っているんだよね。娘がHip-Hop等が好きでよく聴いているので、娘を通してRickie-GやKeisonなんかも聴いていて、サーフミュージック自体は昔からのルーツがあるから近いんじゃないかと思うけど、Hip-HopやRapは僕らが大人になってからできた音楽だから、(自分が)知らないもの自体、凄くそこに面白いセンスとか工夫して音楽を作っているのが分かって面白いと思う。Rapなんて…って思っていた時期もあるけど、凄く言葉を大事にして一生懸命編み出そうとしているし、苦労して良いものを作ろうとしているのが見えるし。そういう音楽もなかなか(自身では)出来ないところなんだけど、なんか出来ないかなって思ったりするけどね。ただ新しい事に飛びついちゃうと年寄りの冷や水みたいになっちゃうから、そういうのもいいのかもしれないけど、やっぱり興味があるね。そういう事をやりたいと思うのが原動力だったり、自分らしさだったりするから使命感と言うよりそれが自分って事なんですよね。

印象的だったのは「“湘南サウンド”は今まさに作られている途中」だという話。聴く側からすれば“湘南サウンド”がハッキリと構築される様を見届けられるというのは贅沢な事であると知らされた。神奈川の音楽シーンを追っていけば必ず辿り着くというアーティストという事で、実際に会う迄は深く根を張った大木のような人を想像していたが、会ってお話を伺うと、どっしりとした印象はあるが今でも新しい事を率先して取り入れていこうとチャレンジしアクティブに活動するアーティストであると感じた。“湘南サウンド”“湘南ミュージック”の本質、それはテミヤン氏が話してくれた“フィールドフォーク”と言う言葉に集約されていると思う。ジャンルもスタイルもまちまちだが根底には同じモノが流れている。たまたま生まれた湘南で湘南の事を歌っているだけ。生活に密着した音楽という事だ。

【PROFILE】
本名:宮手健雄 
1957年生まれ 神奈川県茅ヶ崎市在住
1970年代よりギターを片手に歌を始める。1984年にブレッド&バターの岩沢二弓氏のプロデュースによる『ZaZaZa』でメジャーデビュー。多くのアーティストに楽曲提供も行なう。浜辺のフォークシンガーとしてライブを行う傍ら、ラジオやテレビのパーソナリティーとしても活躍中。また、海草や野草にも精通しており『山菜+海菜のフィールドノート』(雄鶏社)、『湘南ワイルド食卓図鑑』(BABジャパン出版局)等の著書も手がけている。
◆オフィシャルサイト:http://www.temiyan.com/
◆出演番組
tvkテレビ『1230アッ@と!ハマランチョ』
http://www3.tvk-yokohama.com/hamarancho/
FM Yokohama『テミヤンの湯快爽快・君住む街で』
http://www.fmyokohama.co.jp/onair/program/Kimisumumachi/index.html

《取材協力》 
はっとさん(SWAMPS)http://homepage.mac.com/swampyhatto/
大船ハニービーhttp://www.l-honeybee.com/

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